母の我慢強さに思う


母がS字結腸癌であることがわかり、今週、手術を受けました。
もう少し早ければ、確実にステージ2に留まることができたのですが、
ステージ3(リンパ節への転移)かどうかが微妙な段階で、
術後の病理検査の結果をまっているところです。



彼女の美意識は、「我慢」「忍耐」です。
「ぎりぎりまで平気な顔をして、我慢してしまえば、人に迷惑をかけることなく過ごせる」という、
強い信念を持っています。

日ごろから、火傷をしようが、血を流そうが、熱があろうが、素知らぬ顔で家事をこなしていますが、
精神的に辛いときも、強がってしまう傾向があります。
父が他界したときも、かなり憔悴していたはずなのに、「私は大丈夫」と葬儀では涙ひとつ見せず、
その後も、心配する私たちを日常生活に押し戻してくれました。



自分の身内ながら、こんなに我慢強い人は他には知りません。
でも、「耐える」美学もほどほどでないと・・・と常日頃、思わされています。



我が家の子供たちが小さかったころ、この「我慢」がたたって、片目を失明することになりました。


当時、土曜日の朝から激しい頭痛がして、病院に行こうとしていたところに、
私から、「今日、遊びにいって良いかしら?」という電話があったそうです。

自分の都合で人にものを断ることを、とても嫌う人です。
孫に会いたい気持ちも働き、「どうぞ。いいわよ」という返事。
頭痛に耐えながら、料理をし、子供たちと遊んで、土曜日を過ごしてしまいました。

彼女がこんな状況にあるなんて、私はまったく気がつきませんでした。
一緒に暮らしている父も、何も知らなかったようです。

翌・日曜日には吐き気、頭痛がひどくなったものの、自宅で我慢して過ごし、
月曜日に病院に行ったときには、左目の眼圧が極端に高くなっていて、
すでに視神経に支障をきたしていました。



一昨年に父が他界した時も、入院以前にはかなり大変な状況があったようです。
でも、母は私たちに何も言わずに、一人で対処してくれました。
当時、ワイアットを退社して独立したばかりの私は、それこそ、しばらく実家に行く余裕もなく、
父が入院するまで、そのような状態にあることを知らずに過ごしてしまいました。


父が他界した後は、猫2匹と暮らしていますが、
こんな母ですから、何かあっても知らせてこないだろうと、気にはなっていました。



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2009年8月 8日 09:12プライベートな日常トラックバック(0)

案の定、6月の末に嘔吐と下血で倒れ、救急搬送されることになったわけですが、
このときも1日近く、自宅ベッドの上で、耐えていたようです。

症状が落ち着くと、「すっかり元気」と言うので、ちょっと気になりながらも、
さほど心配もせずに過ごしてしまいました。

ところが、検査の結果、癌が発見されて、急な手術となりました。
当初、手術は予定がいっぱいということで、8月末といわれていたのですが、
突然、「ステージ3に移行するかギリギリなので、すぐに」 となったわけです。


急な手術だったので、あいにく弟も私も出張が重なり、当日・翌日は病院に行くことができませんでした。

前日に会ったときも、「ぜんぜん大丈夫」と、本当に大丈夫そうな笑顔を見せてくれました。
本当は、リンパ節への転移がないかや、腸を数十センチも切ることへの不安でいっぱいのはずなのに、
そんな顔はぜんぜん見せませんでした。



あの笑顔や様子を見ると、つい、本当に大丈夫そうな気がして、
大して心配もせずに、仕事や日常生活に埋没してしまいます。


周囲を思ってのありがたいことですが、「そこまで頑張らなくても・・」というのが、私たちの気持ちです。
というか、「そこまで頑張って、取り返しのつかないことになるなんて、馬鹿だ」と思うのですが、
それが彼女の美学なので仕方ありません。

ちょっとのことで、大騒ぎされるのも困りものですが、あまり頑張られるのも困りもの。
知らずに過ごしたり、取り返しのつかないことになったときに、周囲の後悔はとても大きなものです。

現に、母の眼のことは、私の中で大きな後悔となっています。
また、本人からSOSがこないので、こちらから気遣わなくては・・と心配にもなります。



職場でも同じことが言えるのではないでしょうか。

「最近の若者は忍耐力がない」「ひ弱だ」といった声を時々聞きます。
でも、忍耐強い若者もたくさんいるはずです。


ちょっとしたことで、すぐに泣き言をいったり、放棄したり・・・という人たちは、それはそれで困りものですが、
自分から、SOSを出しまくっているわけですから、どちらかというと、あまり心配ではありません。
目にみえるだけに、周囲も放置できずに、何らかの手を打たざるをえなくなります。

それよりも、人知れず、ギリギリまで頑張ってしまうタイプの人たちにこそ、
十分に気を配り、つねにウォッチし、ちゃんと認知する必要がある
のではないでしょうか。

人知れず、頑張ってこなしてしまうので、周囲は大丈夫なものと思ってしまう。
そして、さらに負荷をかけられたりする・・・。
その結果、頑張りすぎて本当に折れてしまったり、取り返しのつかないことになるリスクもあるように思います。

私が会社勤めだったころも、意外と目立たないところで、そんなタイプの人が頑張っていたように思いました。

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