ちょっと詳しいプロフィール (仕事人編)

大学卒業後、三菱系の船会社・日本郵船に入社しました。
調査室に配属され、担当は海外の競合船社の経営分析。
海外の新聞や業界紙を読み込んだり、発表されている経営指標から、
各社の動向を整理して、経営層に報告する仕事です。
人と接する仕事をしたかったのですが、とにかく地味なデスクワークが中心の仕事でした。

当時は、雇用機会均等法が施行されて間がないころで、
まだまだ男性と女性の扱いには差がありました。
大卒といっても、女性の資格は、高卒の女性の5年目の資格と同じで、
大卒男性の新入社員よりもはるか下でした。
それでも、ある程度仕事を任せてもらえただけで、当時は満足していたものです。


日本郵船は明るい社風の会社で、上司も先輩も人柄の良い人が多くかったように思います。

でも、その一方で、伝統的な日本企業ならではの理不尽な出来事もいくつか経験し、
ある意味社会人として一通りのことを学べた数年でした。



同社退社後、長男を出産、夫の留学に伴いアメリカへの移転。
帰国後、次男を出産し、しばらく子育てに専念しました。
その間、一橋大学経済学部の伊藤邦夫先生のもとで、アシスタント業務などをしながら、
社会復帰に向けて多少は準備をしていました。



1997年、日経新聞の求人広告を見て、ワトソンワイアットに応募。
「未経験者は採らない」とあっさりと断られ、
「ブランクが長いと、外資系は無理かなぁ・・」と思っていたところに、
「社長交代に伴い、未経験者を採ることにしました。」と再度連絡がきました。
後に聞いたところによると、「ダメだったら辞めてもらえばいいよ。」くらいの話だったようです。


ここから、「専業主婦のプロ化」プロジェクトが始まります。

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2009年4月11日 20:32このブログについてトラックバック(0)

ワトソンワイアットは、外資のプロフェッショナル・ファームなので、
プロフェッショナリズムと生み出すバリューに対するこだわりと要求はとても強いものでした。

健全なプレッシャーはあるけれど、
男女の差別などまったくなく、日本企業で経験したような理不尽や不要なストレスは感じることなく
過ごせたのはとても幸せでした。

厳しいとはいえ、要求されることがいちいちごもっともで、
必死についていこうとすることに充実感を感じていました。


とはいえ、最近のワイアットは、ずいぶんとマイルドになったようですが、当時は、かなり厳しかったです。

特に、外資系のコンサルティング会社とはどんなところか、まったく知らずに入ったので、
入社直後は大変でした。

当時は、バリューのない人間には居場所がない・・といった感じで、
最初の3ヶ月は針のむしろに座っているようでした。 
今でも当時の一日一日のことを鮮明に覚えています。

思い返せば、何をやっても怒られる日々でした。
(周囲から見れば、子育てでブランクの長い私のズレ方は、尋常じゃなかったのだと思います。)
3ヶ月目に、小さな請求書を書くことができて、ようやく居場所ができたような気がしました。


その後、多くの先輩にいろいろと教えていただきましたが、
中でも、マッキンゼー出身の年下の先輩が「自分が育てる」と言って、
厳し~く指導してくれたのが、今日の私のベースになっています。

この最初の2年で、コンサルタントとしての常識(プロフェッショナリズム)と、
人事制度の詳細設計など、施策の細かい部分における問題解決を学ぶことができました。

また、3年目にその先輩がワイアットを退社してからは、
社長の淡輪さんが、「自分が採ったはじめての未経験者なので、私が育てる」とおっしゃって、
ご自身のプロジェクトにアサインして、引き続き厳し~く指導してくださいました。


淡輪さんの案件は、クライアントの経営者を対象とした経営視点に基づくプロジェクトが多く、
その議論に参加しながら、実際の落とし込みの部分を任せてもらえたので、
トータルな問題解決を身につけることができました。



女性が長いブランクの後に社会復帰し、プロのコンサルタントになるというのは、
極めて珍しいケースだったせいか、日経新聞の取材を受けたのは、この頃のことです。


一人前のコンサルタントとして活動できるようになるまでには、
とにかくがむしゃらに走り続けてきました。
この間、実にいろいろなハプニングもありました。
このブログの中でも、思い出話として時々ご紹介していこうと思っています。



厳しい指導と10年という長い年月のおかげで、
組織・人事コンサルタントとして独立して仕事をすることができるようになりました。


2007年にワイアットを退社して独立した後は、違う分野のプロと一緒に仕事をさせていただいたり、
グロービスの講師をさせていただくなど、より幅広い活動に従事しています。


なかでも、慶應大学SFCの教授でマッキンゼー出身のトップコンサルタント・上山信一氏や、
同じくマッキンゼー出身の池末さんと一緒に、
大規模な変革プロジェクトに長く参加させていただいているのは、
自分にとっても刺激になり、学ぶことも多く、とてもありがたいことです。


2009年には、会社形態への移行に備えて、それまで使っていた屋号を
ComFact (コムファクト)に変更しました。

今後、徐々にサービスの充実・展開を進めていく予定です。



追記: 2010年4月6日 株式会社コムファクトを設立しました。

    




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